動物園での記録は、愛媛県の道後動物園(現在のとべ動物園)で飼育されていた、
マツというメスが1969年4月に死んだのが最後だ。
現在、俺がフィールドワークや聞き取り調査をしている限り、日本国内での野生カワウソの生息が有力だと思われる場所は、
高知県と熊本県の球磨川、支流の川辺川である。
年に何回か他県での目撃情報があることはあるが、現地に行って確かめるまでも
なく、ほとんどがヌートリアやミンク、ハクビシンの場合が多い。
近年といっても1974年〜だが、高知県内での野生のカワウソの主な目撃記録をあげてみよう。
74年7月、須崎市新荘川で生け捕りにしたが、放獣(新聞記事の表現では「釈放」となっているが、別にカワウソは悪いことをして捕まったわけではない
人間が珍しさから追いかけ回して捕まえたのだ)。
75年9月、須崎市押岡の大阪セメント工場内に入り込む。
77年2月、土佐清水市下の加江川でメスの親とメスの子供が、野焼きによる蒸し焼き死体で発見されている。78年には同じ場所で、オスの成獣がモリで突かれて死んでいる。
場所が同じ事から、モリで突かれたのが父親だったのか、あるいは野焼きの火から、からくも逃げ出すことの出来たオスの子供が成長したのか、事実は分からないが、ファミリーであった可能性はある。
77年6月 室戸岬の岩場で撮影される。
79年になると場所は離れるが、須崎市の新荘川で3月〜8月にかけて生きた姿が
たびたび目撃された。
他にもまだ、目撃情報やら死体回収という記録はあるが、一番最新の情報は96年3月20日、土佐清水市の海岸で高屋勉氏が足跡の写真を撮影している。
その後、これといって信頼されるカワウソ情報はない。
なぜ、少なくなってしまったのか?
野生動物が生きていくために必要な 「食、住」絶たれたためだ。
河川の汚れ、農薬や工場排水、生活雑排水によって、エサの魚が減った。あるいはカワウソ自身もまいっちゃったのかも知れない。
川は護岸工事がされ、巣穴や休み場であった岩場などがなくなってしまった。
また毛皮が上質だったため、密漁もずいぶん行われたようだ。奴らの頭は、殺すつもりはなくてもモグラたたきのように、いたずらでポコンと殴りたくような頭をしている。
ということも不幸だったと思う(頭骨のページを見てごらん、殴ってみたくなるから)。
カワウソに限らず、野生動物はいつも「いかに手を抜いて楽に生きようか?」と考えているから、子別れしたばかりで自分ではうまくエサを捕まえられないような
若い(繁殖能力のある)個体は、漁網にかかっている魚を狙う方が簡単だ。
しかし漁網がナイロン製に変わり、カワウソの体にからみついてしまうと歯で噛みちぎることが出来ずに、おぼれて死んでしまった。ということもあったろう。
「えっ!カワウソっておぼれるの?」という人へ
カワウソは哺乳類だからいくら泳ぎが達者でも、呼吸をしなければならない。
アザラシだって、アシカだって、イルカだって、クジラだってそうだ。
以前、北海道で捕獲された野生のラッコを、活魚用の水槽に入れて運んだために溺死したという記録がある(何しろ天井まで満タンに水を入れていたのだ)。
さて、行政は何をやっていたかだが、HPのギャラリーの「カワウソ3部作」を見て欲しい。
地元に高屋勉氏という日本一のニホンカワウソのフィールドワーカーがいたにも関わらず、そうした在野を徹底的に無視した。
そしてカワウソのフンも足跡も見たことのないような、お粗末な学者に保護を任せた。(ハクビシンの死体をカワウソだと二回も鑑定してしまったハクビシンの権威など)この姿勢はカワウソに限らず、
今もって変わらない。
在野の研究者がもっと声を挙げるべきだ!そうすることで学者や専門家が「うかうかしてられねーぞ」と思って向上し、やがて全体の底上げになり、確実な保護へとつながると思えるのだ。
私の共著「コウモリ観察ブック」はその願いを込めることができた本だ。
結果、日本中のコウモリ研究者、コウモリオタク、学者、専門家がみんなが協力してくれて、手前味噌だが、素晴らしい本が出来たと思う。
しかし、出版社がつぶれてしまった……
オチがついたところでアジ演説終わり!


