熊谷さとしのフィールドノート
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里山の柿の木

 今年の富山県の場合は、昔はクマの住んでいるエリアと、人間が住んでいるエリアとの 緩衝地帯であった里山が荒れてしまったから。という根本的な原因があるようだ。
 山の中に住んでいるクマの目線で考えてみるとよくわかる。
クマが、山の中を徘徊しながら里山と山との境界に来たとき、畑には人間がいたし、 子どもの声も聞こえたろう。
 昔ならそこで「おっと、いけねぇ・・・」と、クマは山の中へ引き返したのだ。
 今は里山の木々や畑はほったらかしだから、境界線がわからなくなってしまったのだ。 それに里山を開発して、山際まで住宅が建っている。という場合もあろう。
 過疎の村では廃屋も目立つ。建物には誰も住んでいなくても、庭木はそのままにして あるから毎年実をつける。そうした村は高齢者しかいないから、実を収穫するという 労働力もないため、ほったらかしだ。そうした場所は、クマの日常的なエサ場になる。
 クマにとっては廃屋の庭木なのか、現在も人が住んでいる家の庭木なのかはわからない。

いつものように、「結局、里山が荒れているからだ・・・」という話しになってしまうわけだが、更に続ける。
 そもそも、なぜ日本の国には漁村でも山村でも、どこに行っても柿の木が多いのだろう。
 それは食用ばかりではない。それならば「甘柿」だけでいいはずだからだ。
柿の木の一番の目的は、「柿渋」を採取するためであった。 昔、柿渋は「防腐剤」であり「防水剤」であったから、漁村では漁網に塗った。 番傘、渋うちわ、渋行李、油紙に柿渋を塗り、雨合羽にもした。

 クマのエリアと人間のエリアの境界がはっきりしており、柿渋採取のために収穫された 柿の木には、実もそれほどなっておらず、それに柿が熟す季節は「村祭り」の時期でもあったはずだ。
 数日前から若者たちは鎮守の森の境内で、笛、太鼓の練習をしていたろうし、 そんな大人たちの間を、子どもたちは元気に走り回っていたに違いない。
 大人に「こら!邪魔だ」などと言われても、非日常がうれしくてはしゃいでいたろう・・・。 さすがにこれじゃぁ、クマだって里には出てこれまい。

 里山の秋・・・、たわわに実った柿の木は、里山の自然の豊かさを象徴する。と マスコミ的に捉えるのは、「タヌキがいるから自然が残っている」という、都会の クソ保護団体と同じ考えになる。

 以前、韓国の惨状を伝えたときに「タヌキは自然破壊の指標動物なのではないか?」 という話をした。タヌキが人前に出てくるようになったら、すでに自然も、人心も壊れている。 という証しなのだ。と俺は考えている。
 だから、たわわに実った柿の木というのは、必ずしも豊かな里山を象徴するものではなく、 柿渋を採るという文化が廃れたということ。他においしいものがたくさんあるから、柿の味を 楽しみにする人が減ったということ。過疎と高齢化のために、柿をもぐという労働力がないと いうこと。まさに自然と人心の「荒れた里山」の象徴ではないだろうか。

 人間が人間の生活をしていた。だからクマとの共生、調和ができていたのだ。 今は、人間が人間の生活をしていない。だからクマも「だったらいいじゃん!」ということで 里に下りてくるのだろう。
 それなのに、出てきただけで撃ち殺されたらたまらない。
 さて、どうすればいいだろう。

 具体的な方法は、通信19号を読んでくれ!この号のみ無料で配っている。

 

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