熊谷さとしのフィールドノート
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タヌキの子別れ

タヌキは3〜4月に出産し、子ダヌキは10月頃に親から別れて一人立ちする。
だからタヌキの交通事故死は10月〜11月が一番多い。

その年、俺のフィールドではタヌキの間に疥癬症が蔓延し、子供は一頭しか育たなかった。
その子も産まれながらの疥癬で、6月半ばまで毛がほとんどないという状態だった。
見るに見かねて友人の獣医に相談し投薬することにした。幸い効を奏し、9月の頭にはりっぱな若ダヌキになった(「完治」したので「カンチ」と名付けていた。ちょうど「東京ラブストーリー」が話題だった時期でもあり)。

10月半ば、いつものように観察小屋から見ていると、まず母ダヌキがやってきた。
やがて父親に連れられるようにカンチもやってくる。

突然!母ダヌキがカンチにかみつく!カンチは驚いて飛び退いた。
それでもしつこく噛みつき二頭は追いカケッコを始めた。
父親はといえば、全く二頭に関心も示さず平然とその場にしゃがみ込んでいる。
二頭の追いカケッコはすさまじく、うなり声を挙げ、時折カンチの毛がパッと散る。
カンチがしゃがみ込んでいる父親に助けを求めると、父親も歯をむき出し「シャァ!」とうなって追い払う。
カンチは何が起こったかわからず、ただ逃げまどうばかりだ。

そんな追いカケッコが5〜6分も続いたろうか?急に母ダヌキがカンチの体をなめ始めた。
しかも丹念に丹念に体中をなめている。カンチは時折甘えた声を出す。母親は鼻の先、お尻、足の先まで
すっかりなめ終わると、スウッとどこかに去っていった。
すると先程まで座り込んでいた父親が立ち上がり、母親と入れ替わりにカンチの体をなめ始める。
母親と同じように丹念に丹念に体の隅々までなめている。やがて、母ダヌキが去った方に姿を消した。

親たちは、なめながらカンチに何か話していたのだろうか?「風邪ひくな」とか「悪い女に引っかかるなよ」とか
言っていたのだろうか?
止まれ!フィールドワークは科学だからこういう感傷は許されないのだ。
・・・と、わかってはいても、こういう凄い儀式に立ち会うと、シートンみたいになっちゃうのがわかる気がする。

それから3日後の早朝、「タヌキの交通事故死体が道ばたに落っこちている」と連絡が入った。
いつものように「いい標本が手に入る」とばかり、鼻歌を歌いながら解剖道具を持って出掛けた。

その死体はカンチだった。俺はとても腹を捌く気にはなれずにそのまま埋めた。

それから以降、観察している動物に名前を付けるのもやめた……。

 

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